1.はじめに 味噌は古来より日本人の生活に欠かせない食材とし て珍重されてきた。戦国時代においては,味噌は兵糧 の一つとして重要な位置を占めており,1 日に兵士一 人当たり水 1 升,米 6 合,塩 1 匁,味噌 2 匁が支給さ れていたなどの古い記録も残っている。また,宮澤賢 治(明治 29 年~昭和 8 年)の代表的な詩である「雨 ニモマケズ(昭和 6 年 11 月 3 日作) 」には「雨ニモマ ケズ 風ニモマケズ~(中略)~一日ニ玄米四合ト味 噌ト少シノ野菜ヲタベ アラユルコトヲ ジブンヲカ ンジョウニイレズ~」との記述があり,昭和初期にお いても味噌は日常生活に重要な位置を占めていたこと が伺える。味噌は栄養学的面からビタミン類や必須ア ミノ酸類を多く含むことは周知の事実であるが,その 効用についても癌のリスク低減効果や生活習慣病予防 効果などの生理機能効果のあるとこが報告されている。 我々は,哺乳類で最も重要な血圧調節系であるレニ ン・アンギオテンシン系(Renin-angiotensin system, RAS)に注目して,各種食材から RAS 関連酵素の阻 害物質の探索を進めてきた。その中で,味噌にも RAS 関連酵素阻害物質が豊富に含まれている事を見 出した。本解説では,味噌に含まれるレニン,キマー ゼ,アンギオテンシ変換酵素(ACE)や最近注目を 集めつつあるアンギオテンシン変換酵素 2(ACE2) 阻害物質について解説する。 2.RAS による血圧調節について レニンは,非常に特異性の高いアスパルティックプ ロテアーゼ(活性中心にアスパラギン酸を持つタンパ ク分解酵素の総称)で,主に腎臓の傍糸球体細胞で生 合成され,レニン顆粒と呼ばれる分泌顆粒内に成熟型 酵素として貯留されている。顆粒内のレニンは様々な 刺激で血中に放出され,肝臓で生合成されたアンギオ テンシンノーゲンの N 末端側 10 番目と 11 番目の結 合を特異的に切断し,10 残基のアミノ酸で構成され るアンギオテンシン I(AI)を生成する。生じた AI は,不活性ホルモンで,血中の主に肺循環中に ACE により C 末端 2 残基 His-Leu が切除され,活性型の アンギオテンシン II(AII)となる。AII は,アンギ オテンシンタイプ 1 受容体(AT1R)を介して血管を 収縮させ,血圧上昇を引き起こす(第 1 図) 。皆様ご 存じのようにこれまで,ACE を標的とした医薬品や 血圧が高めの方用の特定保健用食品が数多く開発され ている。 一方,2000 年に 2 つのグループから ACE の相同遺 伝子である ACE2 の存在が報告された 1, 2) 。ACE2 は, カルボキシペプチダーゼの一種類で心臓,肺や睾丸で 特異的に発現している。生理的には,AI からアンギ オテンシン 1-9(A1-9)をまた AII からはアンギオテ ンシン 1-7(A1-7)を生成する。A1-9 からも ACE の 作用で A1-7 が生成される。両方の経路で生じた A1-7 は,AII の作用とは逆にアンギオテンシンタイプ 2 受 味噌の持つ高血圧抑制物質について 味噌の効能に関する研究は多く,抗酸化性や抗腫瘍性など多くの論文が報告されている。著者らは,ここ 10 年ほど味噌中の血圧調節作用物質に注目し,レニン,キマーゼ,アンギオテンシン変換酵素やアンギオ テンシン変換酵素 2 阻害物質の探索を行った。その結果,味噌には複数の血圧関連酵素阻害物質が存在す ることを見出された。味噌の効能に新たな可能性が期待されている。 高 橋 砂 織
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TAKAHASHI, S. (2015). Anti-hypertensive Compounds in Miso. JOURNAL OF THE BREWING SOCIETY OF JAPAN, 110(9), 636–648. https://doi.org/10.6013/jbrewsocjapan.110.636
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